ニセ科学を見抜く!(メディア・バイアス)

納豆ダイエットのような食品関係、マイナスイオンのような科学関係など、トンデモ科学(科学っぽく見せて実は全然科学的じゃないもの)は世の中に溢れかえっています。本書では、そのような報道が溢れかえる仕組みについて、メディア、記者、受信者等、様々な観点から検証しています。

トンデモ科学 その仕組みも とんでもない

読書マインドマップ:メディア・バイアス

メディア・バイアスとは

まず、本書のタイトルにもなっている「メディア・バイアス」。これは、メディアによって報道される情報が取捨選択され、白黒つけやすい物(報道しやすい、かつ興味を惹きやすいもの)が増えてしまう状況の事です。

なお、本書では、受け手側も口コミによって、知らない間に歪んだ情報を広めてしまう構造があることから、「共犯」という表現を用いて表しています。ちょっときつい言い方ではありますが、情報を鵜呑みにして広めてしまうという観点では確かにそうですよね…。

いろんな問題点

さて、実際にはどんな問題点があるか。ちょっと列挙する感じで触れてみます。

まず責任ありき

メディア側としては、「○○という結果になったら面白そうだな」という思惑があるからこそ取材をするわけで、その結果がありきたりの物になってしまうとちょっと寂しい。そこで、うまくインタビューを編集したりして、都合のいいような物を作り上げてしまうわけです。

この対処としては、インタビューされる側も一緒に録音などをさせてもらって、「興味がある人のためにインタビューの内容をすべて公開させてもらいます」のように編集前の姿をさらけ出す…といったことなどが考えられそうです。

報道の仕方

視聴率を上げたい、目立たせたいという立場としては、「○○って危険なんですよ!!」みたいな内容が人目を惹きます。ちょっとでも特殊な点を取り上げて、(発生確率がメチャクチャ低い物であっても)これは危ないんです、と伝えると、そこら中で話題になってくれるわけです。

ゼロリスクは無い、別なリスクとのトレードオフである」「生起する確率と危険性、両方を合わせて考える」といった、リスクマネジメントの考え方をしっかり持った上で科学報道に触れることが肝心です。

責任の所在

これも結構な問題。誤った報道がされて、それを真に受けた人が被害を被っても、その責任まではなかなか問われません(一人一人に対しての償いはほとんどありません)。

一方、そこで取り上げられた科学者などは、(仮に編集によって無茶苦茶な物を作り上げられた結果であったとしても)周りからバッシングされることが多々あります。

これって不公平…ですよね。科学者側がいくら声を大にして「あれは違う」と叫んでいても、メディアがその事に気づいてくれなければ被害を被るわけですから…。

ニセ科学、科学のヴェール

この手の報道によくあるパターンは、「科学っぽさ」があること。「○○大学の研究によれば~」とか、それっぽく作ったグラフを出してみたりとか…そういう(ちょっと姑息な)手段で正しそうな雰囲気を作り出しているわけですね。

これはもう、受け手の見方次第です。

  • 懐疑主義になる
  • うまい話には飛びつかない
  • 極端な話には飛びつかない
  • 証拠、ソースに注意する
  • 他の物と比較する
  • 体験談は冷静に受け取る

など、半ば当たり前とも言えることですが…メディアが体質を改めてくれない以上は、こういった事に常日頃から気を付ける事しかありません

伝える側として

科学技術を伝えていく側としては、いかに「分かりやすく」、かつ「正しく」伝えるか…という事が一番の課題です。

分かりやすく伝えすぎようとすると、情報が歪んだり極論に走ることになる。一方、細かいところまで正しく伝えすぎようとすると、理解が困難になって受け入れてもらえなくなる。このバランスが難しい分けです。情報を受け止める側の態度によっても、伝わり方は変わってきますしね。

そういえば、もうそろそろ科学技術インタープリターの受験日程が出るみたいです。やや忙しいタイミングになりそうですが、こっちも力を入れてみたいところ。

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学
メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学

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編集後記

ちょっときついこと書きすぎたかも^^;
でも、こういう事は普段からも大学で扱っている内容ですし、色々言いたくなってしまうのです。